「家計の健康診断を、年に1回当たり前に行う文化をつくりたい」
この構想を考える中で、私はある疑問に行き着きました。
そもそも、私たちはなぜ毎年“健康診断”を受けるようになったのだろうか?
そして、その仕組みはどのように社会に定着してきたのか。
この問いを深掘りすることは、
「お金の健康診断」を社会に根付かせるための大きなヒントになると考えています。
健康診断は、最初から「当たり前」ではなかった
現在、日本では会社員であれば年1回の健康診断がほぼ義務のように行われています。
しかし、この文化は最初から存在していたわけではありません。
日本における健康診断の始まり
日本で健康診断が制度化された背景には、次のような要因があります。
- 戦後の高度経済成長期
- 労働力を安定的に確保する必要性
- 結核などの集団感染症対策
- 「病気になってから治す」より「早期発見・予防」の方が社会的コストが低いという認識
1960年代以降、
企業が従業員の健康を管理することが“経営合理性のある行為”
として位置づけられるようになりました。
つまり健康診断は、
「個人のため」だけでなく、企業と社会のための仕組みとして発展してきたのです。
海外でも同じ構造がある
この流れは日本特有のものではありません。
アメリカ・ヨーロッパの場合
- 米国:雇用主提供の健康保険(Employer-sponsored insurance)
- 欧州:公的医療制度+予防医療の重視
- 定期健診やウェルネスプログラムを企業が導入
共通しているのは、
病気が深刻化してから対応するより、
早期に兆候を把握した方が、
コストも生産性低下も抑えられる
という合理的な考え方です。
なぜ人は「健康診断」は受けるのに、「家計診断」は受けないのか
ここで一つ、不思議な対比が浮かびます。
- 体の健康 → 年1回チェックするのが普通
- 家計・お金 → 何年も見直さない人が多数
理由はシンプルです。
① 健康診断は「仕組み」がある
- 会社が用意してくれる
- 日程が決まっている
- 行かないと指摘される
② 家計には「定期点検の仕組み」がない
- 自分から動かないと何も起きない
- 問題が顕在化するまで放置されがち
- 相談する心理的ハードルが高い
つまり、
お金の問題は“放置されやすい構造”になっているのです。
健康診断の本質は「治療」ではない
ここで重要なポイントがあります。
健康診断は、
- 病気を治す行為ではありません
- 手術もしません
- 薬も出しません
行っているのはただ一つ。
状態を可視化し、必要なら専門家につなぐこと
この役割分担があるからこそ、
- 医師
- 専門医
- 病院
- 保険制度
が機能しています。
家計にも、同じ構造が必要ではないか
私は、この構造をお金の世界にも当てはめるべきだと考えています。
- 年に1回、家計を定点観測する
- 問題がなければ「現状維持」
- 兆候があれば早めに軌道修正
- 必要に応じて専門家につなぐ
これは、
節約の話でも、投資の勧誘でもありません。
健康診断と同じく、
「今の状態を正しく知る」
「未来のリスクを早めに把握する」
ための行為です。
「年1回の家計の健康診断」という文化へ
健康診断が社会に根付いたのは、
- 個人の善意ではなく
- 制度と仕組みがあったから
です。
同じように、
家計の健康診断も、仕組みとして存在すれば文化になる。
私はAIを活用しながら、
- 誰でも
- 無理なく
- 継続できる
「お金の定期点検」のインフラを構築したいと考えています。
お金で不幸になる人を、できるだけ減らすために
多くの人は、
「大きな失敗」をしたくて失敗するわけではありません。
- 気づいたら手遅れだった
- 忙しくて後回しにしていた
- 相談するタイミングを逃した
ただそれだけです。
健康診断が命を救ってきたように、
家計の健康診断も、人生を守る仕組みになり得る。
そう信じて、このテーマを掘り下げ続けていきたいと思います。


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